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May 08, 2017 8:20 am

共同代表ブログ「聖地、小石川運動場(旧東京蹴球場)」

共同代表人見です。チームは前期3節終わって、1勝2敗という結果。
東京ユナイテッドは昇格チームのため、昨年の上位チームからの対戦となるので、
厳しいスタートは予想されましたが、やはり関東1部は甘くはないです。
そして、今週末から始まるホーム小石川運動場での2連戦。
昨年、小石川運動場で行われた唯一の公式戦、神奈川教員戦は0-1で敗れており、未勝利・ノーゴール。まだ、東京ユナイテッドの試合を観たことがないという方、是非とも、この2連戦に小石川運動場にお越し頂きたく。

まずは、アクセスが抜群です。飯田橋駅より徒歩4分という立地に、サッカーができる場所があること自体が奇跡です。
この小石川運動場は、昭和11年に東京府の中学校共同運動場として誕生し、昭和33年のアジア大会(フィリピン0 – 1 日本代表)や、
第39回【昭和34年】天皇杯決勝(関学クラブ1-0中央大学)が開催されるなど、歴史と伝統のある競技場です。
更には「東京蹴球場」と呼ばれていた時代もあり、ここはまさに「日本サッカーの聖地」の一つと言っても過言ではありません!
国立競技場も、さいたまスタジアムも素晴らしい競技場ですが、原点回帰で小石川運動場(旧東京蹴球場)にお越し下さい。
日曜ナイターですが、終わってから軽く祝杯をあげて気持ち良く帰宅するといった、都心のど真ん中ならではの、サッカー観戦スタイルも可能です。
今シーズンは、文京区との相互協力協定を締結させて頂いたおかげで、公式戦4試合を小石川運動場で開催いたします。

そして、小石川運動場の圧倒的な臨場感、ピッチと観戦エリアの距離です。
正直、Jリーグではありえない距離で試合を観戦することができます。もう、選手同士の体がぶつかり合う音から、岩政のヘディング音、黄大俊の指示の声まで聞こえる、この迫力。ピッチとフラットな高さでの観戦となり、少々、見難いところは否めませんが、逆に、選手の息づかいまで聞こえる距離で、真剣勝負の関東リーグが見られるのは、
小石川運動場くらいしかありません。ただ、残念ながらビール片手に観戦とはいきませんので、予めご了承下さい。また、クリアーボールが観戦エリアに飛び込んでくる可能性もありますので、試合中のよそ見は厳禁です。

当日は、ボールパーソン、担架係をはじめ、多くのボランティアスタッフにもご協力頂きます。オフザピッチのハードワークも含めて、チーム総力戦で小石川2連戦に臨みますので、皆様、応援のほど宜しくお願いします!
小石川image001

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Apr 15, 2017 7:13 pm

共同代表ブログ「2017年リーグ開幕に向けて」

共同代表人見です。ついに、明日、東京ユナイテッドの2017年シーズンが始まります。
年明けから、東京ユナイテッドFCへのチーム名称変更、東京ユナイテッドグループ法人(税理士法人・コンサルティングファーム)の設立、元日本代表岩政大樹の加入、文京区との連携協定、みずほフィナンシャルグループ様とのスポンサー契約など、オフザピッチでの様々な活動が着実に形になってきました。多くの方々に支えられ、明日のリーグ戦開幕を迎えることができ、感謝の気持ちで一杯です。一方で、重くのしかかるプレッシャーでいっぱいいっぱいであることも事実です。
とにかく、今シーズンは勝ちたい。是が非でも勝たなければならない。這いつくばってでもJFLに昇格する。と思い続ける毎日で夜も眠れません。というのは大袈裟ですが…。
そんな中、先日、仕事の関係で卓球元日本代表でメダリストでもある平野早矢香選手のお話を聞く機会がありました。ロンドン五輪で銀メダルを獲得した時の、試合中の鬼の形相は皆さんも印象深いと思います。自宅にはテレビすら置かず、とにかく、365日24時間「卓球」に集中する環境をつくっていたストイックなアスリートです。そんな平野選手が影響を受けた一人が、伝説の麻雀士桜井章一さんだという。勝負師としての彼に感銘を受け、直接彼に会い行って話を聞いたとのこと。卓球と麻雀、このギャップが面白いなぁと。自分はドンジャラ止まりで、麻雀は一切やらないのですが桜井章一著書「負けない技術」を早速読みました。プロローグの一部を以下転載させて頂きます。
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「オギャー」と赤子の時に産声を上げた瞬間から、どんな人にも悲しみや喜びとともに、常に「不安が」がつきまとっている。温かく居心地のよかった母胎から出た瞬間に感じる、人間の最初の感情が不安なのだ。そして、人はその不安を少しでも取り除くために確証を求める。自分の中に確証を見出せなければ、今度はほかのものに確証を求めようとする。ほかから認めてもらいたい、褒められたいという人間独自の性はそんなところから生じている。その性がやがて競争意識となり、多種多様な勝負に勝利することでつかの間の安心を得るようになる。つまり、安心を得るために「勝ちたい」という気持ちの根っこには、人間の誰もが抱える不安があるのだ。そして、何人たりともその不安から逃れることはできない。しかし、「勝ちたい」という欲求にとらわれてしまった人は、そんな不安を認識することもなく、ただただ勝利することだけを求めていく。そしてその戦い方は醜い、卑しい。〜
「勝ちたい」という志向は自然界の中には存在しない。自然界の中にいる動植物たちには「本能で生きる」、つまり「負けない」という普遍のスタンスがあるだけであって、それ以上でもそれ以下でもないのだ。人がこの「負けない」力を付けるには、自然界の中にいる動物たちのように変化する動きと感性を磨くことである。〜
つまり「生きる」ことは動きや変化に対応し、順応するということ。勝負の世界だって例外ではない。動きを観察していれば気づきが生まれ、相手の変化に対応できるようになる。「負けない」技術は、そうしたことの繰り返しで徐々に身についていくものなのである。
「負けない」という観点から見れば、人間の生活の基盤となる〝衣食住〟も改めて考え直す必要があるだろう。生命を保つ〝食〟と、身を守る〝住〟は、はるか昔から人間の営みを支えてきた。しかしそこに〝衣〟が加わってきたことで、人間の社会に様々な問題が生じるようになってきたのではないか。〝衣〟は着飾ることにつながり、それはやがて名用や権力といった〝欲〟にも結びついていった。だとするならば、「負けない」人生を歩んでいくためには「生命を保つために本当に必要なものは何なのか」を考えることも大切な要素となってくる。〜
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勝つこと、負けること、勝負の分かれ目、勝負の本質…、目からウロコでした。
読み終えて、ほんの少し、プレッシャーが軽くなったような気もします。

今シーズン、東京ユナイテッドFCおよびセカンドチームでもあるLB-BRB Bunkyo(東京都1部)のスタッフ陣の充実は手前味噌で恐縮ですが半端ないです。GKコーチがいたら、Jクラブ並みの充実だと思います。正直、自分も、体が動くならこのチームでサッカーをしたい、上手くなりたい!と思うほどです。
チームを統率する福田雅監督のモチベータ―としての能力は圧倒的で、今シーズンも更にギアを上げまくるはずです。その横で常に冷静にチームを分析し、言葉少な目だが的確な情報を発信し続ける林健太郎ヘッドコーチの存在は、チームに落ち着きをもたらす。東京ユナイテッドの頭脳であり象徴でもあるプレイングコーチ岩政大樹の存在は、間違いなくチームを新たな次元に引き上げている。東京のど真ん中のクラブが面白いサッカーをしなければ存在意味はないと言い切る。(自分もプロフェッサー岩政の指導をメモ片手に勉強する日々です。)
チームのある意味で「心臓」(胃袋ではない)ともいえる星貴洋コーチ、ピッチ内外での献身的な活動量なくしてチームはなりたたないだろう。今期から現役を引退しLB-BRB Bunkyoで指揮を執る浅海友峰、試合ごとに成長し続けている彼が、リーグ終盤どんな指導者になっているか楽しみです。そして、社会人サッカーの生命線でもあるフィジカルコンディションを徹底的につくりこんでくれる福田浩司と米弘俊之トレーナーの二人、選手の一番近くで戦っています。更に今シーズンから田村圭チームドクターが加わり、選手のケアは万全な体制が整いました。そのほか、長久ガリ実行委員をはじめ、多くのスタッフが仕事や学業とサッカーを両立させ、このクラブを支えてくれています。つらいけど、楽しいと思います。

そして、主役である選手たち。
仕事とサッカーを限界まで突き詰める姿勢には、正直、頭が下がります。
高校、大学時代にトップで活躍した選手にとっては、今のカテゴリーは決して華やかな舞台ではないはずです。ただ、東京ユナイテッドの歴史を形作るのは、今、ピッチに立って躍動する選手一人一人であることは間違いないと思います。
仲間を信じて、今シーズンも最後まで戦い抜きたいと思います。
新しい歴史の扉を開くために。

共同代表 人見秀司

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Jan 01, 2017 11:10 pm

「謹賀新年」(共同代表ブログ)

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新年明けましておめでとうございます。共同代表人見秀司です。
今年も、LB-BRB TOKYO改めTOKYO UNITED FCを何卒、宜しくお願いします。

さて、昨年末発表いたしました『TOKYO UNITED Football Club/東京ユナイテッドフットボールクラブ』へのチーム名称変更につきましては、各方面から色々とご意見、ご感想を頂きました。

「せっかく、エルビー・ビーアールビーって覚えたのに、2年でもう変えるのか?!」
「ようやく、まともなチーム名になったね。」
「ユナイテッドとは、大きく出たな、東京都のどこまでユナイトするつもりだ?」
「TOKYO UNITED FCって、横文字じゃなくて、日本を代表するなら蹴球団にしろよ。」などなど。

とはいえ概ね、新名称については好意的に受け止めて頂けたと思っております。

ちなみに、サッカーチームでユナイテッドといえば、
英国プレミアリーグの名門「マンチェスター・ユナイテッド」を指すかと思います。
そのマンチェスター・ユナイテッド、1878年の設立当初は、マンチェスターの鉄道員が中心となり、ニュートン・ヒース・ランカシャー&ヨークシャー・レイルウェイズFC (Newton HeaYR FC)という名称で創立されており、1885年にプロサッカークラブへと転向し、1892年にはニュートン・ヒース (Newton Heath FC)へと名称を変更。
そして1902年に2日間だけマンチェスター・セルティック (Manchester Celtic)というチーム名を使用し、その後、現在のマンチェスター・ユナイテッドになったとのこと。
たった2日間だけのチーム名称変更があるくらいですから、LB-BRBの2年間は十分許せる範囲かと思います。

東大LBと慶応BRBというルーツは生涯大切にしつつも、
JFL昇格(全国リーグ)に向けて新たなステージを戦う上で、チーム名称の変更は以前から準備していたことです。
単なる学閥クラブではなく、国際都市TOKYOを代表するクラブに変貌しなければなりません。

uniteの意味は、単なる統合ではなく、あくまで独自性を維持しながら結合して新しい1つのモノをつくることですから、
「慶應×東大」にはじまり、「地域×大学」「政×官×財」「文×武」「スポーツ×観光」「地域×地域」など、サッカーおよびスポーツ業界に引きこもるのではなく、様々な分野と融合することで、東京23区のクラブとしての存在価値を示していきたいと思います。
ただ、東京23区にJリーグクラブが1チームもないことからも、言うは易し、決して簡単なことではないと思いますが、
昨年から引き続き「ビッグマウス・スモールアクション」をモットーに精進いたします。
重ねてご支援の程、何卒、宜しくお願いします。

共同代表人見秀司

■追伸
昨年末、所沢の実家に子供2人連れて帰省しました。
75歳の親父の晩酌につきあうと、最初の10分は、
「LB-BRB昇格して良かったなぁ、福田君ホント頑張ってるなぁ、慶應インカレ残念だったなぁ」なんてサッカー談義で盛り上がっていたのもつかのま、その後1時間強は終始、今年久しぶりにクライマックスシリーズに出場した横浜ベイスターズの2016年総括です。所沢在住なのに、なぜか横浜大洋ホエールズ時代からの横浜ファンでして、もう、話が止まらない。
さすがに、年も年なので、横浜スタジアムには行ってはいないようですが、
東京ドームや神宮球場に2~3試合足を運んでいるらしく、基本、ケーブルテレビで毎試合必ず観ているとのこと。
しかし、ここまで熱くなれるモノが、70歳過ぎても存在することが、ある意味すごく幸せだなぁと親父を見て改めて思うとともに、チーム・クラブが生活の一部になることで、人生を豊かにしている事例を目の当たりにしました…。

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Aug 17, 2016 9:59 am

【スタッフブログ】素朴な疑問。なぜ、日本の競泳は強いのか?

■「素朴な疑問。なぜ、日本の競泳は強いのか?」
共同代表の人見です。連日連夜のリオ五輪での日本選手の活躍で完全に睡眠不足。
今すぐ、リオに行っても時差関係なく、やれそうな気がしてます。
開幕前のワクワク感ゼロが嘘のようで、改めて、やっぱりスポーツはいいなぁと実感する毎日。
そんな中、個人的には、競泳日本代表の活躍がとても気になる。
(もちろん、体操、柔道「JUDO」のメダルラッシュもスゴイんですが…。)

昔から疑問に思っていたのが、なんで、フェルプスみたいな身長2m近い選手など、
体格・身体能力で圧倒的に優る外国選手と日本人選手が互角以上に戦えるのかと?
スイムウェア以外は、まさに身体1つ、水中で「スピード」のみを争う、競泳という競技で、
なぜ日本選手があれほどまでにメダルを獲得できるのか? 正直、不思議だ、陸では全く歯が立たないのに。

先日、会社の水泳部出身の先輩に飲みながら聞いたところ、日本の競泳育成システムに勝利の要因があるとのこと。
1964年東京オリンピックが残したもの(レガシー)の1つとして、大会後に日本全国で普及したスイミングスクールの存在がある。
そもそも、当たり前のように小中学校にプールが設置されている国は、日本以外に殆どないらしい。
そして、当たり前のように体育でプールの授業がある。
子供が泳げないとかわいそうという理由(もちろん、身体を鍛える上で水泳は効果・効率的だと思う)もあいまって、
多くの親御さんは子供をスイミングスクールに通わせる。私の息子も、一番最初に通わせた習い事はスイミングスクールだ。
事実、子供に通わせたい習い事のナンバーワンは「水泳」で実に40%近い子供が習っているとのこと。
日本の子供人口の40%がスイミングスクールに通い、圧倒的な母数から有望な選手がピックアップされ、競泳を極めていく。
自然な流れで、有望な選手を幼少時代から確実に取り込むシステムが構築されている。
大手イトマンスイミングスクールは、学習塾大手のナガセグループ傘下にあるように、
子供の囲い込みの入り口としてのスイミングスクールは有望なのだろう。
サッカークラブがスイミングクラブと提携したり、スイミングクラブを運営する時代が来るかもしれない。

※ちなみに、あの「FCバルセロナ」は総合型スポーツクラブとしても知られているが、
バスケ、ハンドボール、ローラーホッケー、ラグビー、バレー、野球、フィギュアスケート、アイスホッケー、フィールドホッケー、
陸上、フットサルなど様々な種目のチームを持つが、スイミングクラブはないようだ。

追伸)
日本発祥の柔道の競技人口も興味深い。
日本17.5万人に対して、ブラジル200万人、フランス56万人、ドイツ18万人、ちなみにアメリカは約2万人。
かつては、日本の中学・高校の多くに武道場が設置され、柔道が体育の授業に組み込まれていたが、
柔道による事故の問題や指導者不足で授業が減少(「ダンス」の台頭もあり)、その影響もあってか競技人口は減少傾向らしい。
やっぱり、インフラと学校体育の影響は大きい。
※しかし、オリンピック柔道(レスリングもですが)の銅メダル2個出すのは、競技団体からすると当然のことなのでしょうか…。

■スタッフブログ バックナンバーはコチラ

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Jul 28, 2016 9:14 am

【スタッフブログ】すずかんゼミ×LB-BRB

■「すずかんゼミ×LB-BRB」
共同代表の人見です。先週、LB-BRB TOKYOのエグゼクティブアドバイザーでもある鈴木寛さんの慶應義塾SFCのゼミ(通称:すずかんゼミ)に出席した。すずかんゼミとLB-BRB TOKYOとの共同プロジェクトをスタートするにあたり、ゼミ生全員の前でクラブのプレゼンテーションを行った。プレゼンの反応は上々で、何名かのゼミ生と、今後具体的なプロジェクトに着手する予定だ。また、すずかんさんの東京大学ゼミともコラボレーションを予定している。

自分自身、学生時代はゼミには所属しておらず、この日が、人生初のゼミ体験だった。
ちょうど、その日は、ゼミの成果発表会の日だったようで、学生のプロジェクトの発表を2時間にわたって聞かせてもらった。(ゼミOBの方も何名かいて、オープン且つ若干、緊張感のある雰囲気が、これまたいいなぁと。)
「国内初のドローンレース国際大会」「アフリカビジネスコンテスト」「地方自治体へのインターンシップ」「早慶戦動員プロジェクト」「とある村の地方創生イベント」「教育ベンチャーの法人化」などなど、全てのプロジェクトに共通するのは、すすかんゼミのルールである『PCCP:フィロソフィ、コンセプト、コンテンツ、プログラム』が明確に示されている。そして何よりも共感したのは、全てのプロジェクトがハンズオン!であることだ。
(ハンズオン…直訳で言うところの「手で触る」、実践的な学習。)
机上の空論プロジェクトは一切存在しないから、成果発表を聞いていても飽きることがなかった。一つ一つのプロジェクトに対して鈴木寛さんのフィードバックコメントが入る。中には、完全に失敗?と思われるプロジェクトも存在するが、学生の最大の特権は「大いに失敗できること」であるから、全く問題ない。(実際、学生たちも全く気にしてない…)

ちなみに、慶應義塾体育会ソッカー部の学生も3名、すずかんゼミに所属して頑張っている。正直、彼らを見ると少々羨ましく思う。自分も学生時代、慶應義塾体育会ソッカー部で関東一部昇格というプロジェクトにフルコミットしながら、もし、すずかんゼミに入っていたら人生変わっていただろうなぁと思う。まぁ、選択しない人生の方が多いわけで、過去を振り返ってもしょうがない。今から、すずかんゼミと共に、学生と一緒に学びつつ、新しいプロジェクト(仮:LB-BRB TOKYOを世界基準のクラブにする)を立ち上げ、邁進して行ければと思う。乞うご期待!

追伸)
自分が大学3年のグラマネ(学生コーチ)時代、一つ下の学年のK(法学部政治学科)という男が、「人見さん、俺、ゼミ入りたいんですけど?」と真顔で相談に来たことがあった。そのKに対して「何のためにゼミに入るのか?何を学びたいのか?ゼミ入ってサッカー上手くなるのか?グランド整備などオフザピッチの仕事に支障でないか?」と小一時間問い詰めて、ゼミの加入を諦めさせたことを思い出す。そういう時代だったとはいえ、K、すまん!俺、ゼミとサークルの違いすら、当時よくわかってなかったかもしれない…。

人見秀司

20170721すずかんゼミ集合写真

鈴木寛さん就任式(黄)

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May 05, 2016 9:38 am

【スタッフブログ】RESPECT

■「RESPECT」
共同代表の人見です。
慶應ソッカー部の先輩でもある反町康治さんが、2012年松本山雅FC監督就任以来、毎月1回、
信濃毎日新聞(約47万部/県内普及率56.2%)に掲載中のコラム「RESPECT」が書籍化された。
タイトルの「RESPECT」は反町さんが、サッカー選手に必要な要素を表す英単語の頭文字を並べた言葉。

Responsibility(責任)
Endeavor(努力)
Struggle(戦う)
Progress(向上心)
Enjoy(楽しむ)
Communication(意思疎通)
Thinking(考えること)

このコラム、地元ではかなり人気があり、松本山雅サポーターやスポーツ好き読者以外にも、
ビジネスマンや経営者層にもファンが多いとのこと。
自分も、会社の後輩にお願いして、信濃毎日新聞取り寄せていた程だ。

Jリーグのサッカー監督は、どんな仕事なのか、どんな生活をおくっているのか。
監督は何を考え、どのように選手を見て、チームをまとめるのかが、リアルに描かれている。
サッカー雑誌ではなく、地元地方紙でコラムを展開したことに意味があり、
サッカーに興味のなかった人にも、松本山雅に関心を持ってもらうきっかけをつくったとのこと。

良い指導者は、圧倒的な「情熱」と、人を引き付ける「言葉」を持ち合わせている。
プロジェクトを進める原動力は「情熱」以外にはない。
そして、リーダーとして「言葉」なくして、フォロアーなし。

※我々、LB-BRB TOKYO福田監督も、サポーター会員向けのクラブメルマガで定期的に「監督のボヤキ」と題して、
情報発信している。こちらも、読み応えアリと、一部サポーターからは熱烈な支持を受けている。
→サポーター会員登録はコチラ

4年程前から、反町さんとソッカー部OB関係者と毎年年末に食事をさせて頂いている。
話はサッカー以外にそれることはほとんどない。反町さんのサッカーに対する探究心は尋常ではない。
コーナーキックの守備、スローインの投げ方&受け方一つとっても、それぞれ30分以上語る。
リサーチに至っては、相手チームはもとより、Jリーグの審判一人一人の特徴まで掴んでいる…。
ここまでやるか、というところまで徹底的にやる。
一度、「ここまでやってる監督って反町さん以外にいるんですか?」と聞いたところ、
2人くらいいる。と言っていた。(多いのか少ないのか、よくわからない。)

新潟、湘南、松本で昇格請負人として結果を出し続ける反町さん、
いつか、ビッククラブでの采配を見てみたいと思うのは自分だけではないはず。

以前、LB-BRB TOKYO(当時、東京都社会人1部)のプロジェクトを反町さんにしたところ、返ってきた言葉は一言。
『「フィールド・オブ・ドリームス」(主人公が農園に野球場をつくる、ファンタジー映画)だな。』と。

東京23区内にスタジアムをつくるということで言えば、ファンタジーかもしれないが、
自分からすれば、小さな喫茶店からはじまった、松本山雅のJ1昇格だって充分ファンタジーだと思う。
※松本山雅誕生秘話→「松本山雅誕生「雷鳥は頂を目指す。」

昨年、スポーツ庁が創設され、
『スタジアム(競技場)をコストセンターからプロフィットセンターへ』という動きが活発化してきている。
今までにない発想で、次世代型のスタジアムが東京23区内できる日も、そう遠くはないかもしれない。

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Mar 02, 2016 9:48 am

リレーブログ:10 中川靖章

皆さまこんにちは、中川靖章(ナカガワヤスアキ)と申します。
→中川選手のプロフィールはコチラ

昨季1月に加入し、関東参入決定戦を持ってLB-BRBを退団させて頂きましたが、今回リレーブログに遅ればせながら寄稿させて頂きました。以下長々と恐 縮ですが暇潰し程度にご高覧下さい。(三十路手前にもなると、迎合したり、話を合わせたり、自分の思ってもいないことを言ってみたりと、空気を読んでばか りになりがちですが、何かいい機会でもあるので、想いのままに感じた事、感じている事を書いてみたいと思います。)

私は、2006年に慶應大学に入学し、ソッカー部に4年間在籍、その後2010年に商社に就職し、会社のサッカー同好会で2014年迄プレーしておりまし た。僭越乍、大学4年の時に主将をさせて頂いており、それからのご縁もあって2015年シーズンはLB-BRBでプレーさせて頂くこととなりました。(慶 應大学ソッカー部に在籍時ゲキサカで主将戦記なるものを書いていましたので、良ければ此方で私の人となりを知って頂ければと思います。→中川主将戦記ブログはコチラ

さて、かれこれ24年もサッカーをしてきましたが、本当の意味で「引退」だなぁと今、感じています。それは本当に燃え尽きたなぁという事に他なりません。 今だから言える話でもありますが、私はサッカーに対してさほど執着が無く、正直プロサッカー選手になろうと思った事は一度もありませんでした。幼い頃大好 きだったサッカーも、歳を重ねる毎に、それそのものの楽しさ以上に、チームや組織が目標を目指す中でのドラマや人間的成長に魅力を感じ始める様になりまし た。

LB-BRBに加入する事になった最大の理由も「またあの黄色のユニフォームを着たくなった」と言うのでは無く(申し訳ございません。)、「会社員6年目 になって少し天狗になっている自分に喝を入れ、新たな刺激を入れて何か成長できないか、きっとその先に忘れられない思い出ができるはずと思ったから」で す。

少しだけ振り返ります。高校3年の国体で全国優勝を目指しベスト8で破れ、そこでサッカーは辞めようと思っていました。それでも一緒に選手権もやろうとい う静岡高校サッカー部同期や後輩の想いに動かされ、選手権までサッカーを続けていたところ、須田監督(現慶應大ソッカー部監督)や大石元監督・井田静岡学 園高校サッカー部監督(共に静岡高校OB、慶應大学OB)に声をかけて頂き、慶應大学へ進学を決意しました。

その後大学では、元LB-BRB主将のゲンキやイチと出逢い、誰よりもサッカーに対しストイックに情熱を捧げたつもりです。マチ(現横浜Fマリノス)やオ リ(現Cerveza)と4年間戦い、私の中に「サッカー」というものは、”全てを注いだ過去のもの”となっていました。
そして社会人生活でやるはずの無かったサッカーですが、東京都社会人選抜に出逢い、社会人として働き乍サッカー選手としても一流を目指すという目標が、僅 かなサッカーへの情熱を滾らせ、サッカーを続けさせてくれました。2013年東京都大会での準優勝は、私の中で何とか燃えていたサッカーの灯火を全て昇華 させ、これでやり尽くしたかなと思っていました。

凄く脱線しましたが、福田さんに最初に声をかけて頂いたのは、そんな2013年でした。
前述のとおりで、残念ながら当時の私には、LB-BRBで戦う為の「ガソリン(情熱)」は残っていませんでした。イキがっていた事もありますが、サッカー より、自己研鑽の為には、語学やビジネススキルを上げる勉強の方が重要だと思って、その時は、一度お断りさせて頂いていました。

サッカーから距離を置いた2014年は、正直カラ回りを続けていたと思います。なかなか勉強も上手くいかなかったですし、所属していた三菱商事サッカー同好会では、胡座をかいていて、人間的な成長もできずにいたと思います。

奇しくも同年LB-BRBは昇格を逃し苦しいシーズンだったという事もあり、2014年末、福田さんから再度声をかけて頂きました。私は、失った情熱をど うやってこのチームに捧げられるのか、ずっと悩んでいました。実力以上に高く評価してくれる福田さん、人見さんに、何度も「期待しないで下さい」と言った のを覚えています。
それでも加入という決断に至ったのは、このチームの向上しようとする姿勢、新たな仲間との出逢い、そしてソッカー部で共に戦った仲間に感じた”このチームで過ごした時に得られるであろうワクワク感”でした。

シーズンの振り返りは、極力端折りますが、この一年で自分自身に新たな発見と成長がこんなにもあったのかと思うと本当に幸せな1年でした。スタッフ、先 輩、同期、後輩の姿に、負けてられないぞという気持ちが蘇り、なかったはずのサッカーへの情熱がドクドクと沸き立ってきた時にチームの魅力を再認識しまし た。
中国で生活しながら週末帰国して試合にでたり、新たなポジションに挑戦したり新鮮なチャレンジもありましたし、元日本代表の林ヘッドコーチに、インサイド キックを学んで実際にコツを得た時は、まだこんな基礎的な技術の部分でも変われるんだなぁと驚きました。新たな挑戦、探究、自分自身の発見も満載でした。

そして何より、順風満帆の私とは裏腹に、悔しい想いをしながらも懸命にチームメイトとして戦ってきたスタッフや仲間から学んだ事は計り知れません。ゲンキ は苦節もあっただろうけど素晴らしいキャプテンで、優しくて偉大なリーダーでした。イチの献身性はマネできないし、岡ちゃんもDスケも秘めた想い持って必 死に練習してるのを知ると胸が熱くなりました。セイの膝の怪我俺が負ってたらサッカー続けられてるかなぁ、シンゴさん居なかったらこのチーム成り立たない よな。。。と、全員分名前を挙げて語り尽くせないくらいリスペクトする事ばかりで、自分の不甲斐なさやちっぽけな虚栄心をいつもいつも反省させられるほど このチームのメンバーに学ぶ事は膨大でした。試合にでれずとも努力を継続することがどれだけ辛い事で、どれだけすごい事であるのか、運営がどれほど力が要 る事で犠牲を払っているのか、(私に語れるものでは無いと思いますが)、私はこれまで以上に感謝の気持ちを深く心に宿しプレーできる様になったと自負しま す。モノゴト両側面あって、良い事の裏にある苦労や悲しみにどれだけ心を寄せられるのか、一方苦しくてもそれを乗り越える為にどれだけ腐らずに続けられる のか、まだまだ私の課題だと思いますし、今更そんな事を?という様に思われてしまうかもしれませんが、LB-BRBというクラブでチームメイトの姿から一 番強く学んだことです。

今、米国Houstonに赴任して北米を周りながら仕事をしています。従い、チームを退団し、2016年シーズンは、地球の反対側から応援する事にさせて 頂きました。話が飛躍しすぎるかもしれませんが、私はLB-BRBの卒業生として、LB-BRBの活躍を願うと共に、少しでも自分がこのクラブで学んだ事 を活かせればと思っています。此方ではAsia人に対してのDiscriminationもなんとなく心の裏側に感じたり、英語力で交渉の主導権を握られ たり、なかなか日本で味わうことの無い大変さを感じることもあります。そんな相手に理解してもらう為にどうするのか、どう打開するのか。両側を知ること や、献身的な取組み、強い心、純粋な気持ち、こうした仲間のリスペクト出来る処、仲間から学んだ事が大事なポイントなのかなぁと感じています。インサイド キックと同じで、語学力という基礎的な部分もまだ成長させられるんだとも思います。場所は違えど、これからもチームメイトという気持ちで仲間に学び、負け じと此方で切磋琢磨して、これから社会と未来を創る人材になれるよう精進したいと思っています。

優等生の定型句になってしまいますが、このチームで過ごした1年間は、私にとって大きな財産でした。心からそう思いますし、沢山の事を教えて下さったスタッフ、チームメイト、そして応援して下さった皆さまには深く感謝しています。ありがとうございました。

最後に、リレーブログを面白く書けなかった事、これは私の”ノビシロ”だと思ってます。これから続くメンバーの、オモシロすぎるリレーブログを見て、また学びたいと思います。

■監督コメント
中川靖章。通称「ヤス」。
2009慶應ソッカー部永遠の主将。
この男の獲得に、私はまさに三顧の礼を尽くしました。
我々クラブの正統性を示すためには、慶應と東大両校を代表しうる存在が常に、卒業後一度は我々のユニフォームに袖を通すという既成事実を作り続ける必要があります。
いずれ我々がJのステージに、いや、クラブW杯のステージに立つ時、果たして何人の両校OBがいるでしょうか。もしかしたらゼロかも知れません。その時に周囲は我々をどのように見るか。ある人は「これは慶應のチームでも東大のチームでもないよ。」と言うかも知れません。
ある意味で正解です。なぜなら、私はそもそも両校の学閥チームを作るつもりなんてさらさらないからです。

東京のど真ん中で、東京の経済力を取り込むようなビッグクラブ。
ただ強いだけじゃなく、社会から尊敬されるクラブ。
政界も財界も官界も熱狂させるようなクラブ。

そんなクラブを作る過程を両校OBが担ったという事実。
人生を賭して、このクラブを作り上げたという事実。
それさえあれば十分だと思っています。

それらを達成するために、換言すれば、このクラブの物語を作り上げるために、ヤス獲得は欠かせませんでした。
なぜヤスなのか?
後にも先にも象徴的なキャプテンはたくさんいるではないか?
その問いに対しては、このクラブ発足の経緯を知って頂く必要があります。

2010年の発足当時に集ったメンバーは、、、
慶應ソッカー部B&Cチーム連合軍。

それはそうです。
今でこそJFLだのJリーグだの口にしていますが、つい5年ほど前は、東京都4部リーグに所属し試合の時にだけ集まる同好会的なチームだったのです。
競技志向が強く、ましてや、大学時代にトップレベルだった選手達が来てくれるわけがないのです。

しかし、大学時代に陽の目を見ることがなかった者達が、今のチームを作り上げたのです。
大山元輝(→リレーブログはコチラ)や市川慎二(→リレーブログはコチラ)をはじめとする雑草軍団が作り上げたチームにヤスを呼びたい。
ヤスに「仲間に入れて欲しい。」と言わせたい。
そして、ヤスと一緒に関東リーグに昇格したい、、、。

そんな思いを実現した2015年11月28日(→昇格決定戦の詳細はコチラ)。
関東昇格を賭けた戦いに、わざわざヒューストンからかけつけたヤス。
応援のためではなく、ピッチで戦うアスリートとしての凱旋帰国。

出番は後半20分過ぎ。
その数分後にヤスがつないだボールから生まれた決勝ゴール。
全ての物語はここに完結せり。
2015年シーズンのリレーブログは、今回をもって終了です。
今晩(2016年3月2日)の新体制発表を経て、正式に2016年シーズンがスタートです。
筋書きのないドラマを紡いでいくことにより形作られていくクラブの大きな物語。
2016シーズンもまた新たなドラマが生まれます。

引き続き温かいご支援賜われますと幸甚です。

LB-BRB TOKYO
監督 福田雅

33

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Feb 26, 2016 8:16 am

【ブログ】外見は一番外側の中身

共同代表の人見秀司です。ブログ間が空いてしまいました…。

<外見は一番外側の中身>
新入社員1年目、真新しいスーツにGショックをして出社したことがあった。
ご存じのとおり、プラスチックのごっついスポーツタイプのデジタル時計である。
会社の先輩に、「お前、Gショックとか会社にしてくんじゃねーよ。」と突然、突っ込まれた。
あまりに唐突に注意されたので、「なんでダメなんですかね?」と半ば反論がてら言うと。
「別に理由なんかねーよ。」と先輩。
「いやいや、この前、ビル・ゲイツもスーツにGショックつけてましたよ。」と、更に反論する自分。
「お前はビル・ゲイツか?」と先輩に一蹴された。

何年かして、自分自身が新入社員の面倒を見るようになって、このことをよく思い出す。
明らかに、スーツにGショックはオカシイわけで、それがビル・ゲイツなら許されても、新入社員がやったら、単なる場違いな野郎にしか見えない。(する人がすれば、お洒落になるかもしれませんが。。)
『外見は一番外側の中身』。たしか、佐藤可士和氏の書籍で読んだフレーズ。
中身がないなら、せめて、今すぐ直せる外見だけでもキッチリしろ。と。特別に高額なスーツを着ろというわけではなく、接する相手に不快感を与えない、あわよくば好感を得られるよう、身だしなみには最低限気をつかえ!ということを当時の先輩は言ってくれたんだと思う。ごもっともだ。

話は変わって、LB-BRB TOKYOでも、慶應義塾体育会ソッカー部、慶應BRBでも、試合前の写真撮影や試合終了後の挨拶など、ピッチに入るとき、出るときには、ユニフォームのシャツをパンツにインして、身だしなみを整えて試合に臨むことを徹底している。サプライヤーへの感謝の気持ち、サポーターへの敬意の表れでもあり、戦いに臨 むルーティーンでもある。本当に、些細なことではあるが、そうした小さな行動がチームの「一番外側の中身」をつくるのだと思う。

と書いてみたはいいが、最近、以下のニュースが目に入ってきた。
【鹿島】チームが金崎に異例のお願い「シャツ出して!」 →記事の詳細はコチラ
今年からJリーグでは、背番号の下に新たに広告が掲出されるようになったことで、ユニフォームシャツをパンツにインすると、広告が見えなくなってしまうので、金崎選手に対してユニフォームを出して欲しい。という要望がチームから出されたとのこと。
時代の変化とともに、ユニフォームの正しい着こなしも変わってきている…。
「ユニのシャツを、ちゃんと出せ!」と、今までとは真逆のことを言う日が、近い将来、LB-BRB TOKYOにも来るかもしれない。

共同代表 人見秀司

④市川ゴール

シャツをパンツにきっちりイン!する市川選手。

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Feb 23, 2016 10:30 am

リレーブログ:7 森田達見

皆さま、はじめまして。背番号7の森田 達見です。
→森田選手のプロフィールはコチラ

まずは、昨年度目標としていた関東リーグ昇格を果たせたことをご報告させていただくとともに、感謝を申し上げます。何を書こうか、このチームに入ってからたくさんのことがあり決めきれないので、大雑把にこのチームでの振り返ってみたいと思います。
長くなるかもしれませんが、最後までお付き合いいただけると幸いです。

慶應ソッカー部を卒業し、プロにならずに就職した時点でサッカーはおしまいでしょ、と自分で決めていたので元々は社会人サッカーに乗り気ではありませんでした。それでも、現役当時からお世話になった諸先輩方に熱心に誘っていただいたこと、そして監督の福田さん、人見さんからこのチームの方向性や、その過程における期待を仰っていただいたので入団することにしたことを記憶しています。

関東昇格を果たした今でこそ、この時の決断を本当に良かったと思えてます。大学までのサッカー中心の生活とは違い、なんでもない社会人生活を送るところでしたが、改めて刺激的な世界に引きずり込んでいただけて、感謝しています。

さて、僕はこの3年間、サッカーをしに中津川(岐阜)-東京を毎週往復する、所謂「地方組」の1人でした。資金面における多大なるサポートに、感謝してもしきれません。チーム関係者、スポンサーの皆様には心より感謝申しあげます。
ここだけの話、実際3年間往復するのはかなりきつかったです。日曜日の夜遅くに試合をし、終電で岐阜に帰り、午前1時前に岐阜の家に着くのが毎週のルーティーンでした。平日もチームメートはフットサルやジムでトレーニング出来る中で、岐阜県の山奥にそんな環境があるわけもなく、1人で黙々と週末に向けて何かするしかありません。正直、サボろうと思えばサボれるし、誰にもバレません。(笑)そんな環境の中でコンディションを落とさないように取り組もうと思えたのは、間違いなくチームのみんなの熱量がすごく、引っ張ってもらったからだと思います。3年間かかりましたが、これらが報われて嬉しい、というよりはホッとしています。

さて、話は変わりますが、このチームの良さは「サッカーへの熱量」だと思っています。社会人サッカーは、学生やプロと違い、時間や仕事、プライベートなど数多くの制約が存在するので、犠牲が多いです。その中でこのチームのサッカーへの熱量は群を抜いており、それがチームの強みになっていると思います。これは今のチームだけでなく、前身の慶應BRBを支えてきた方々から受け継がれているものだと思います。慶應東大OB以外の選手も増えたLB-BRBですが、チームの根幹にある部分は変わらずに続いていって欲しいと思います。

僕は今のところは2015シーズンをもって、このチームから離れようと思っています。まだまだ上を目指すチームですので、今の自分のようにモチベーションやサッカーへの犠牲心に不安が少しでもある場合、中途半端にいてもチームの強みを薄めてしまうと考えるからです。
本当にこの3年間、素晴らしいチームメート、応援してくださった方々に支えていただき、幸せでした!
これからもLB-BRBの応援をよろしくお願いします!
また、監督のよく言う、アイデンティティが見つからなくなったら、サッカー始めるかもしれませんので、その時もよろしくお願いします!
3年間ありがとうございました!

<監督コメント>
基本的に私は選手を「使う」という言葉は嫌いですが、森田達見は、いわゆる「使いづらい選手」なんだと思います。そもそも、監督の思い通りに選手を「使いたい」と思ったところで、選手なんて別の人格ですし、思い通りになんてならないのが常ですが、森田はその最たるものでした。
とにかく性格的に「使われる」ことが嫌い。
無理に聞き分け良く「使われよう」とプレーすると、どことなくバランスを崩す。
森田はそんな男です。
とは言え、誰よりも、周りに「活かされる」、否、「生かされる」ことが必要な男でもあります。
身長は低いし、フィジカルも弱い。
だからこそ、うまく「生かして」やらないとピッチから完全に消えてしまいます。
「使われる」のではなく「活かされる」。
この微妙な違いがおわかりになるでしょうか。。。

そんな森田が歳を重ね、周りを活かすことで、自身も活きる道を見出しつつあった2015シーズン開幕当初。
平日の岐阜における一人ぼっちのトレーニングと週末の岐阜・東京間片道3時間の往復生活が、彼の何を変えたのか。

「今季は森田で。」

そう思った矢先に現れた大型新人達。
砂川優太郎(中央大学)、川田悠介(慶應大学)、佐藤聖(東京学芸大学)、曽山啓太(筑波大学)。
彼らは容赦なく森田の「生きる」場所を侵食していきました。
これが勝負の世界。

2015年11月28日。
我々は市原の地で関東リーグへの扉を開きました。
しかし、その決戦のメンバーリストに森田の名前はありませんでした。
彼の(往復6時間×3年間)の苦労を考えれば、5分でもピッチに立たせてやりたいと思うのが親心。
しかし、試合前にどうイメージしても、彼をピッチに送り出す可能性は他の選択肢に比して低かった。
そして、当日のキックオフ1時間半前に腹を括ってメンバー表提出。

その決断が果たして正解だったのかどうかはわかりません。
ただ一つ言えることは、自分なりに勝利を追求する過程において「無駄な雑念」は排除した決断であったことに疑いの余地はありません。

結果的に、森田は私が監督として生きていく上で必要な選択を迫り、気がつけば、私が監督として活かされることになりました。

この一年間、私は、三上、加美、森田、神舎と言った地方組をチームに召集し続けました。
彼らは、平日は地元で孤独にトレーニングに勤しみ、毎週末に電車に揺られて上京してくるという生活を続けたのです。東京組よりおそらくコンディションが悪いであろう彼らを召集し続けたのには意味があります。

日本代表の海外組は経験とクオリティをチームにもたらします。
我々LB-BRBの地方組はサッカーに対する情熱とチームへの愛情をチームにもたらしてくれました。
我々のアイデンティティを体現する存在が、まさに彼らだったのです。

04

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Jan 23, 2016 8:47 pm

【ブログ】ビッグマウス・スモールアクション

はじめまして、共同代表の人見秀司です。
今年から、スタッフブログを書かせて頂きます。不定期ということでお願いします。
(何事も、継続は力なり。と言いますが、いかんせん本ブログを「継続する力」そのものが、自分にあるのか?全く自信がございません。)
以前、2009年に慶應義塾体育会ソッカー部のコーチに就任した当初は、
狂ったようにブログ(コチラ→「サッカーボールをめぐる冒険」)を書いていた時期もありましたが、職場環境の変化、家庭環境の変化、そして、自分自身の心境の変化から中断しておりました。
今年は、この場をお借りしてブログ書きますので、今後とも、宜しくお願いします。

「ビッグマウス・スモールアクション」
先日、会社の後輩が年頭挨拶で使っていたキーワードです。上手いこと言うなぁと。
自分もよく、「志高く、小さなことからコツコツと取り組む所存でございます。~云々」という表現をよく使っていたのですが、要するにコレだなと。これから、パクリます。

「ビッグマウス」と言えば、
我々LB-BRB TOKYOのユニフォームサプライヤーでもあるドーム社(アンダーアーマー)が、先日、福島県リーグ2部からJリーグを目指す「いわきFC」を創設するというニュースが業界で少々話題になりました。
→いわきFC公式サイト
いみじくも、私と共同代表兼監督福田雅の暁星高校サッカー部の先輩でもある、大倉智さん(元湘南ベルマーレ平塚社長)が社長ということも何かしらのご縁を勝手に感じております。

福島県リーグ2部からJリーグ入りを目指すだけでなく、
「いわき市を東北一の都市にする。(要するに仙台越え)」
「100億円クラブを創設する。(浦和レッズ約60億円越え)」などなど、
ビッグビジョンを掲げてスタートしました。
とはいえ、ドーム社の現場の方のお話を聞くと、やっていることは本当に地道な活動そのもの。選手集めから、選手登録、チーム用具管理(アンダーアーマーの審判グッズがない?)など、県リーグ2部運営そのものです。

LB-BRB TOKYOも、「2020年Jリーグ参入」「300億円クラブを目指す!」とか、
「2年後にJFL昇格!」などと、大きなことを言ってますが、とにかく、今年も地道にコツコツ頑張ります。
新しい取り組みもいくつか始まります。関東1部昇格はもとより、ホームタウンである文京区を起点に、地域のために何ができるのか、スポンサー、サポーターのために何ができるのか、社会のためにどうあるべきなのか、考えながら一歩一歩着実に進んで行きたいと思います。

個人的には、Jリーグ創設20年を過ぎ、岡田監督のFC今治や、いわきFC、そして、LB-BRB TOKYOといった、今までとは少々異なる形態のクラブが増えることは、(若干)閉塞感漂う、日本サッカー界、ひいては、日本スポーツ界に新しい風を吹かせるキッカケになるのではと考えます。もちろん、いわき市と、東京23区は地政学的にも、経済・人口規模など全く異なりますので、クラブ発展のアプローチは当然異なります。
何故、どうやって、誰と、東京23区内にプロサッカークラブを創設するのか?
その意味や、ビジョンについては、またの機会に。

■明日より、2016年シーズンが開幕します。応援、宜しくお願い致します。
東京カップ(天皇杯)1回戦vs東芝イーグルス
1月24日(日)11:00@清瀬内山運動公園サッカー場A面

共同代表 人見秀司

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